腹膜播種でなぜ腹水がたまるのか|胃がんで手術が難しくなる理由
私の父は、腹水を伴う進行胃癌だった。
胃癌と診断された時点で腹水がかなり溜まっており、腹水の細胞診で印環細胞癌の存在が確認されている。
その後、腹膜播種を伴うステージ4の胃癌と説明され、手術は適応外であった。
母をはじめ、家族からは何度も聞かれた。
「腹膜播種ってどういう状態なのか」
「なぜお腹に水がたまるのか」
「胃に癌があるなら、なぜ手術で取れないのか」
たぶん、同じような疑問を持つ患者さんや家族は多いと思う。
今回は、腹膜播種で腹水が生じる理由と、腹膜播種を伴う胃癌で手術が難しくなる理由について、できるだけわかりやすくまとめておきたい。
この記事の要点
- 腹膜播種とは、がん細胞がお腹の中に種を播くように広がった状態を指す。
- 腹水とは、腹腔内に液体が異常に増えた状態。
- がんによる腹水には、血管透過性の上昇、リンパの流れの障害、肝転移や門脈圧亢進、低アルブミン血症など複数の要因が関わる。
- 腹膜播種があると、がん細胞が腹膜全体に散らばっている可能性があり、胃だけを切除しても根治が難しいことがある。
- 「手術が難しい」と言われても、薬物療法、症状緩和、腹水への対応など、病状に応じて検討できることはある。
腹膜播種とは
腹膜播種とは、がん細胞がお腹の中、つまり腹腔内に散らばって広がっている状態を指す。
「播種」という言葉は、種を播くという意味だ。
胃癌の場合、癌が胃の壁の一番外側である漿膜を越えると、癌細胞がお腹の中にこぼれ落ち、腹膜に付着して増殖することがある。
このように、癌細胞が腹膜に種を播いたように広がるため、腹膜播種と呼ばれる。
国立がん研究センター がん情報サービスでも、腹膜播種は、がん細胞が臓器の表面を越えてお腹の中に種を播いたように広がった状態と説明されている。
スキルス胃癌・印環細胞癌との関係を知りたい方へ
腹膜播種や腹水は、スキルス胃癌や印環細胞癌と一緒に語られることがある。ただし、印環細胞癌とスキルス胃癌は同じ意味ではない。
そもそも腹水とは
腹水とは、腹腔内に液体が異常に増えた状態を指す。
ただし、腹腔内に液体があること自体は異常ではない。
正常な状態でも、お腹の中にはごく少量の液体が存在している。
この液体は、臓器同士の摩擦を減らす潤滑油のような役割をしている。
問題は、その液体の産生と吸収のバランスが崩れ、通常より多くたまってしまうことだ。
その状態が、いわゆる腹水である。
腹水が少量であれば、自覚症状が目立たないこともある。一方で、量が増えてくると、お腹の張り、食欲低下、吐き気、息苦しさ、動きにくさなどにつながることがある。
がんで腹水がたまる主な理由
がんで腹水がたまる理由は、1つだけではない。
主に、以下のような要因が関わる。
- 血管透過性の亢進
- リンパ管の閉塞
- 肝転移などによる門脈圧の上昇
- 低栄養や肝機能低下に伴う血中アルブミンの低下
少し難しい言葉が並ぶが、ざっくり言えば、
- 血管から水分が漏れやすくなる
- お腹の中の水分を回収する流れが悪くなる
- 血液やリンパの圧力バランスが崩れる
- 血管内に水分を保つ力が弱くなる
こういったことが重なって、腹水が増えていく。
がん性腹水といっても、必ずしも腹膜播種だけが原因とは限らない。
肝転移、肝機能低下、低栄養、炎症、リンパの流れの障害など、複数の要素が関係していることがある。
そのため、腹水がある場合には、腹膜播種の有無だけでなく、全身状態や血液検査、画像検査、腹水細胞診などを総合して判断する必要がある。
腹膜播種で腹水が増える仕組み
腹膜播種で腹水が増える理由を一言でいえば、腹膜の周囲で炎症が起こり、血管から水分が漏れやすくなるからだ。
癌細胞は、腹膜に付着して増殖する過程で、周囲の環境を変えていく。
その中で、血管を増やす因子や炎症に関わる物質が増え、血管の透過性が高くなる。
血管透過性が高くなるというのは、血管の壁から水分やタンパク質、細胞成分が外に出やすくなるということだ。
その結果、腹腔内に液体がしみ出し、腹水が増えていく。
このようながん性腹水は、タンパク質や細胞成分を多く含むことがあり、単なる水ではない。
また、腹膜播種では、腹膜そのものやリンパの流れが障害されることで、腹腔内の液体を回収しにくくなることもある。
つまり、腹膜播種による腹水は、
- 水分が出やすくなる
- 出た水分を回収しにくくなる
- 炎症やがん細胞によって腹腔内の環境が変化する
という複数の要素が組み合わさって起こると考えられる。
腹水があると何が問題になるのか
腹水は、ただお腹に水がたまるだけの問題ではない。
腹水が増えると、お腹が張る。
胃や腸が圧迫されるため、食欲が落ちたり、少し食べただけで苦しくなったりする。
横隔膜が押し上げられると、息苦しさにつながることもある。
さらに、腹膜播種が進むと、腸の動きが悪くなったり、腸閉塞が問題になったりすることもある。
父の場合も、腹水があることで目に見えて食事量や体力が落ちていった。
患者本人にとっては、食事、呼吸、睡眠、動きやすさに直結するかなり大きな問題となる。
腹膜播種を伴う胃癌で手術が難しくなる理由
母をはじめ私の家族が最も理解しにくかったのは、ここだった。
胃に癌があるなら、胃を切除すればよいのではないか。
そう考えるのは自然だと思う。
ただ、腹膜播種がある場合、問題は胃だけにとどまらない。
癌細胞が腹膜全体に散らばっている可能性があるため、胃の病変だけを切除しても、体内に癌細胞が残る可能性が高い。
手術は、癌を取り切れる見込みがある場合に大きな意味を持つ。
しかし、腹膜播種のように、癌細胞が腹腔内に広く散らばっている場合には、手術で完全に取り切ることが難しい。
そのため、腹膜播種を伴う胃癌では、手術よりも薬物療法や症状緩和を中心に治療方針が検討されることがある。
つまり、「手術できない」というより、正確には「手術で癌を取り切ることが難しく、患者にとって利益が上回りにくい場合がある」と言える。
国立がん研究センター中央病院の胃がん解説でも、切除できない腹膜播種や血行性転移などの遠隔転移があればIV期になると説明されている。
胃癌を根治できるのは手術だけ、という話について
胃癌では、癌を完全に取り除くという意味では、手術や内視鏡切除のように病変を切除する治療が非常に重要になる。
早期胃癌であれば、条件によっては内視鏡で切除できることもある。
進行胃癌でも、切除可能な状態であれば、胃の病変とリンパ節を切除して根治を目指す治療が検討される。
しかし、腹膜播種がある場合には、話が変わる。
胃の病変だけを取っても、腹膜に散らばった癌細胞が残る可能性が高い。
その状態で大きな手術を行うと、体力が落ち、回復に時間がかかり、その後の薬物療法や生活の質に影響する可能性もある。
だからこそ、腹膜播種を伴う胃癌では、「取れるかどうか」だけでなく、「取ることで患者本人に利益があるか」が慎重に考えられる。
手術は大きな治療であり、できるならやればよい、というものではない。
治療の目的が、根治なのか、症状を和らげることなのか、生活を保つことなのかによって、選択肢は変わる。
「手術できない」と「何もできない」は違う
腹膜播種があると手術が難しい、と説明されることがある。
この言葉は、患者本人にも家族にもかなり重い。
ただし、手術が難しいことと、何もできないことは違う。
病状によっては、薬物療法、腹水への対応、痛みや吐き気への対応、食事や栄養のサポート、緩和ケアなど、検討できることがある。
もちろん、どの治療が適しているかは、癌の広がり、全身状態、腹水の量、食事が取れているか、腸閉塞の有無、本人の希望などによって変わる。
だからこそ、主治医に「今の治療の目的は何か」を確認することが大切だと思う。
たとえば、治療の目的が、癌を小さくすることなのか、腹水や苦しさを軽くすることなのか、食事をできるだけ保つことなのか。
その目的がわかるだけでも、家族として治療方針を理解しやすくなる。
腹水への対応として検討されること
腹水への対応は、腹水の量、症状、全身状態、原因によって変わる。
一般的には、以下のような対応が検討されることがある。
- 原疾患に対する薬物療法
- 利尿薬
- 腹水穿刺
- CART:腹水濾過濃縮再静注法
- 栄養状態やアルブミン低下への対応
- 痛み、吐き気、息苦しさへの緩和的対応
ただし、どれが適しているかは人によって違う。
腹水を抜けば一時的に楽になることがある一方で、タンパク質や体力の低下が問題になることもある。
CARTのような治療も、実施できる施設や適応が限られる場合がある。
そのため、「腹水があるからこの治療」と一律に考えるのではなく、主治医に現在の状態での選択肢を確認することが大切だ。
治療経過について
父の場合、腹水を伴う進行胃癌として診断され、その後SOX療法を受けることになった。実際の治療経過はこちらにまとめている。
まとめ
今回は、腹膜播種で腹水が生じる理由と、腹膜播種を伴う胃癌で手術が難しくなる理由についてまとめた。
要点をもう一度まとめると、以下のようになる。
- 腹膜播種とは、癌細胞がお腹の中に種を播くように広がった状態。
- 腹水とは、腹腔内に液体が異常に増えた状態。
- 腹膜播種では、炎症、血管透過性の上昇、リンパの流れの障害などによって腹水が増えることがある。
- 腹膜播種があると、胃の病変だけを切除しても癌を取り切れない可能性が高く、手術が難しくなることがある。
- 手術が難しいことと、何もできないことは違う。
- 薬物療法、腹水への対応、症状緩和、栄養サポートなど、病状に応じて検討できることがある。
私の家族は、「なぜ手術できないのか」を納得するのは簡単ではなかった。
胃に癌があるなら取ってほしい。
そう考えるのは自然だと思う。
ただ、腹膜播種がある場合、癌は胃だけの問題ではなくなっている。
そのため、治療方針を考えるうえでは、胃の病変だけでなく、腹膜播種、腹水、全身状態、食事、体力、本人の希望まで含めて考える必要がある。
診断名だけを見て不安になるよりも、今どの状態で、何を目的に治療しているのかを主治医と確認していくことが大切だと思う。
参考文献・参考サイト
- 国立がん研究センター がん情報サービス:腹膜播種
腹膜播種の基本的な定義を参照。 - 国立がん研究センター中央病院:胃がんについて
胃がんの深達度、ステージ、腹膜播種、治療方針に関する情報を参照。 - 日本胃癌学会:ガイドライン
胃癌治療ガイドライン、患者さんのための胃がん治療ガイドライン、切除不能進行・再発胃癌バイオマーカー検査の手引きなどを参照。 - 日本胃癌学会:胃癌治療ガイドライン 医師用 2025年3月改訂 第7版
切除不能・進行再発胃癌、cStage IV胃癌、緩和的治療などの項目を参照。 - 日本腹膜播種研究会:腹膜播種診療ガイドライン 2021年版
腹膜播種、癌性腹水、審査腹腔鏡、CARTなどに関する情報を参照。 - JST:胃がん腹膜播種を促進する中皮細胞の新たな役割を解明
胃がん腹膜播種とがん性腹水中の中皮細胞・腫瘍微小環境に関する研究情報を参照。