膵がんでゲノム検査はどのくらい治療につながる?|遺伝子異常と個別化治療を解説
最終更新:2026年8月
本記事は、2019年に公開した「【膵臓癌を例に解説】がんゲノム医療って実際どのくらい有効なの?」を、現在の国内データとエビデンスに基づいて全面的に更新したものである。
「膵がんで遺伝子検査を受ければ、自分に合った治療薬が見つかるのだろうか」
がんゲノム医療に期待する患者や家族にとって、最も知りたいのはこの点だと思う。
以前、本ブログでは米国の「Know Your Tumor」という研究を紹介し、膵がんの遺伝子異常に合わせた治療の可能性について解説した。
その後、日本でもがん遺伝子パネル検査が保険診療となり、C-CAT(がんゲノム情報管理センター)には多数の膵がん患者の遺伝子情報と治療情報が蓄積されている。2025~2026年には、こうした国内の大規模データを使った研究も相次いで報告された。
これらの結果から現在わかっているのは、
「治療につながる可能性のある遺伝子異常は一定の割合で見つかるが、実際にその異常を標的とした治療まで到達できる患者はまだ少ない」
ということである。
本記事では、膵がんにおける遺伝子検査の現状について、国内のC-CATデータとKnow Your Tumorの結果を中心に整理する。
- まず結論:膵がんのゲノム医療について知っておきたいこと
- 膵がんで遺伝子検査が重要になっている理由
- 「遺伝子検査」と「がん遺伝子パネル検査」は少し違う
- 日本のデータでは、27%に治療標的となり得る遺伝子異常が見つかった
- 実際にゲノム検査をきっかけに治療につながる割合は2%未満
- なぜ遺伝子異常が見つかっても治療につながりにくいのか?
- すでに治療に直結している代表例がBRCA遺伝子変異
- 頻度は低くても、治療を大きく変える遺伝子異常がある
- KRAS変異がない膵がんでは、特に治療標的が見つかりやすい
- Know Your Tumorでは「遺伝子に合った治療」を受けた患者の生存期間が長かった
- Know Your Tumorの結果だけで「ゲノム医療は寿命を延ばす」とは言えない
- では、膵がんで遺伝子検査を受ける意味はあるのか?
- 参考文献
まず結論:膵がんのゲノム医療について知っておきたいこと
現在のエビデンスからは、以下のように考えるのが適切である。
- 日本のC-CATデータでは、切除不能・再発膵がんの27%に治療標的となり得る遺伝子異常が認められた
- 一方、別のC-CAT大規模解析では、膵がんでCGPを契機に遺伝子異常に対応した治療へ進む割合は2%未満であった
- BRCA1/2変異、MSI-High、TMB-High、NTRK融合、RET融合、BRAF V600Eなど、実際の治療選択に結びつく遺伝子異常も存在する
- 特にBRCA遺伝子変異は、膵がんですでに治療選択に直接関係する重要なバイオマーカーである
- KRAS変異を持たない膵がんでは、治療標的となり得る別の遺伝子異常が見つかる可能性が相対的に高い
- 遺伝子異常に合った治療を実際に受けられた患者で良好な生存成績を示した研究はあるが、ランダム化比較試験ではなく、ゲノム医療そのものが生存期間を延長したと断定することはできない
つまり、膵がんにおける遺伝子検査は重要性を増しているが、「検査を受ければ高い確率で有効な薬が見つかる」という段階にはまだない。
膵がんで遺伝子検査が重要になっている理由
膵がんの薬物療法では、現在も細胞障害性抗がん薬を組み合わせた治療が中心である。
一方、一部の膵がんには、特定の薬剤の効果と関係する遺伝子異常が存在することが明らかになってきた。
代表的なものがBRCA1/2遺伝子変異である。
さらに、頻度は低いものの、MSI-High、TMB-High、NTRK融合遺伝子、RET融合遺伝子、BRAF V600E遺伝子変異などが見つかれば、免疫チェックポイント阻害薬や分子標的薬が治療選択肢となる場合がある。国立がん研究センターの2026年版膵がん情報でも、これらが治療選択に関係する遺伝子異常として挙げられている。
そのため、
「膵がん」という病名だけで治療を選択する
のではなく、
「その膵がんがどのような分子的特徴を持っているか」
を調べることが、少数ではあるものの治療を大きく変える患者を見つける手段となっている。
「遺伝子検査」と「がん遺伝子パネル検査」は少し違う
膵がんの遺伝子検査を理解するうえで、ここは重要である。
例えばBRCA1/2のように、特定の薬を使用できるか判断する目的で特定の遺伝子を調べる検査がある。
一方、がん遺伝子パネル検査(comprehensive genomic profiling:CGP)では、多数のがん関連遺伝子を一度に解析し、標準治療だけでは見つけにくい治療標的を幅広く探索する。
したがって、
「膵がんで遺伝子情報を治療に使うこと」=「すべてCGPによって治療を探すこと」
ではない。
実際、BRCA遺伝子変異に対する治療のように、CGPを行う前の通常診療の遺伝子検査から治療につながる場合もある。
がん遺伝子パネル検査そのものの仕組みや保険適用については、別記事「がんゲノム医療とがん遺伝子パネル検査|何がわかる?実際に治療につながる割合を解説」で詳しく解説している。
日本のデータでは、27%に治療標的となり得る遺伝子異常が見つかった
2025年、日本のC-CATデータを用いて膵がんにおけるCGPの結果を解析した研究が報告された。
対象となったのは、組織を用いたCGPを受けた切除不能・再発膵がん4,682例である。
その結果、
治療標的となり得る遺伝子異常は1,264例、27%
に認められた。
比較的多く認められた異常は、
| 遺伝子・バイオマーカー | 頻度 |
|---|---|
| BRCA2 | 3.4% |
| ATM | 2.9% |
| ERBB2 | 2.8% |
| PIK3CA | 2.5% |
| TMB-High | 2.4% |
| BRAF | 1.9% |
| MSI-High | 0.5% |
であった。
「27%」という数字だけを見ると、4人に1人程度は新しい治療に進めるようにも感じられる。
しかし、ここでいうactionableな遺伝子異常は、「その患者が日本ですぐに使用できる薬がある」という意味ではない。
臨床試験で治療標的となる可能性が示されているものや、別のがん種で治療薬が存在するものなども含まれている。
したがって、
「治療標的になり得る遺伝子異常が見つかる割合」
と
「実際にその異常に合った薬を使える割合」
は分けて考える必要がある。
実際にゲノム検査をきっかけに治療につながる割合は2%未満
この点について、さらに重要なデータが2026年に報告された。
C-CATに登録された進行固形がん54,185例を解析した研究では、がん種ごとに、
CGPをきっかけとして、遺伝子異常に対応する承認薬・治験薬などの治療を実際に受けた患者の割合
が調べられた。
全がん種を合わせると、その割合は8.0%であった。
しかし、がん種による差は非常に大きく、甲状腺がんや肺がんでは20%を超える一方、膵がんでは2%未満であった。
これは、膵がんにおけるがんゲノム医療の現状を理解するうえで非常に重要な数字である。
つまり、
約27%に治療標的候補が見つかる
としても、
CGPを受けたことで実際に新しい遺伝子標的治療へ進める患者は、現時点ではごく一部
ということである。
なぜ遺伝子異常が見つかっても治療につながりにくいのか?
理由は一つではない。
膵がんで最も多く認められる遺伝子異常はKRAS変異であり、日本のC-CAT解析でも約88%に認められている。
しかし、KRAS変異のすべてに対して現在の標準診療で使用できる分子標的薬が存在するわけではない。
また、治療標的になり得る別の遺伝子異常が見つかった場合でも、
薬が日本では未承認である、膵がんには保険適用されていない、該当する治験がない、治験施設へ通うことが難しい、治験の適格基準を満たさない、といった問題がある。
さらに、日本ではCGPが標準治療終了後または終了が見込まれる段階で行われることが多い。膵がんは病状が変化することも多いため、検査結果が出た段階で新たな治療を受けることが難しくなっている場合も考えられる。
C-CATの大規模解析でも、年齢、全身状態、対応する臨床試験が利用できないことなどが、CGPに基づく治療への到達を妨げる要因となっていた。
つまり、膵がんゲノム医療の課題は、
「遺伝子異常を見つけること」だけではなく、「見つけた異常を実際の治療へつなげること」
にある。
すでに治療に直結している代表例がBRCA遺伝子変異
膵がんで遺伝子情報が実際の標準治療に関係する代表例がBRCA1/2遺伝子変異である。
国立がん研究センター中央病院では、膵がん患者の約5%でBRCA遺伝子変異が認められるとしている。
BRCA1/2は、傷ついたDNAを修復する仕組みに関係する遺伝子である。
BRCA1/2に病的な変異がある膵がんでは、プラチナ製剤の効果が期待できる場合がある。
さらに、BRCA遺伝子変異陽性の治癒切除不能膵がんで、白金系抗がん剤を含む化学療法によって病勢がコントロールされている場合には、PARP阻害薬であるオラパリブ(リムパーザ)による維持療法が日本でも承認されている。2026年のPMDA情報でもこの適応は維持されている。
ここで重要なのは、BRCAのような検査は、
「標準治療がすべて終了した後にCGPを行って初めて調べる遺伝子」
とは限らないことである。
治療選択に直接関係するため、より早い段階で個別に検査されることがある。
頻度は低くても、治療を大きく変える遺伝子異常がある
BRCA以外にも、膵がんの一部には治療選択に結びつく特徴が存在する。
例えば、
MSI-Highは膵がんの1%弱、TMB-Highは1~2%程度に認められ、条件を満たした場合には免疫チェックポイント阻害薬が治療選択肢となることがある。
また、NTRK融合遺伝子やRET融合遺伝子はいずれも1%未満と非常にまれであるが、対応する分子標的薬が存在する。BRAF V600E変異も1~3%程度に認められ、分子標的治療が選択肢となる場合がある。
これらは頻度だけを見れば非常に少ない。
しかし、該当する患者にとっては治療方針そのものを変え得る情報である。
この「頻度は低いが、見つかったときの意味が大きい異常」を探せることが、膵がんでCGPを行う意義の一つである。
KRAS変異がない膵がんでは、特に治療標的が見つかりやすい
2025年のC-CAT解析で興味深い結果の一つが、KRAS変異を持たない膵がんである。
膵がんの大部分ではKRAS変異が認められたが、KRAS変異を認めない患者では、治療標的となり得る遺伝子異常が見つかる可能性が有意に高かった。
多変量解析では、KRAS野生型であることはactionableな遺伝子異常が検出されるオッズを約3倍に高めていた。
またKRAS野生型の膵がんでは、BRAF、FGFR2、RAF1などの融合遺伝子も相対的に多く認められた。
これは、
「KRAS変異がなければ治療薬が見つかる」
という意味ではない。
しかし、KRASによって説明できない膵がんでは、別のドライバー遺伝子異常ががんの発生や増殖を担っている可能性があり、CGPによってその異常を探索する意味が大きくなることを示している。
Know Your Tumorでは「遺伝子に合った治療」を受けた患者の生存期間が長かった
本ブログで以前紹介した米国のKnow Your Tumorプロジェクトからも、その後重要な解析結果が報告されている。
1,856人の膵がん患者が登録され、1,082人が分子解析結果を受け取った。
そのうち282人、26%で治療標的となり得る分子異常が見つかっていた。
治療経過を評価できた患者のうち、このような分子異常を持ち、
その異常に合った治療を受けた患者46人
と、
異常に合わない治療を受けた患者143人
を比較すると、進行がん診断からの生存期間中央値は、
| 生存期間中央値 | |
|---|---|
| 遺伝子異常に合った治療 | 2.58年 |
| 異常に合わない治療 | 1.51年 |
であった。
遺伝子異常に合った治療を受けた患者の方が、良好な生存成績を示していた。
一見すると、ゲノム医療が膵がんの生存期間を大幅に改善したように見える。
しかし、この結果の解釈には重要な注意点がある。
Know Your Tumorの結果だけで「ゲノム医療は寿命を延ばす」とは言えない
Know Your Tumorの解析はランダム化比較試験ではなく、後ろ向き解析である。
遺伝子異常に合った治療を実際に受けることができた患者は、
治療を続けられる程度に全身状態が良かった、治療薬や臨床試験にアクセスできた、治療を受けるまで病状が安定していた、などの点で、受けられなかった患者と異なっていた可能性がある。
したがって、
「遺伝子に合った治療を選べば、生存期間が2.58年になる」
という解釈はできない。
この研究から言えるのは、
治療可能な遺伝子異常を持つ膵がん患者の中には、その異常に適合した治療によって大きな利益を得る患者が存在する可能性がある
ということである。
では、膵がんで遺伝子検査を受ける意味はあるのか?
ここまでのデータを見ると、
「実際に新しい治療につながる患者が少ないのであれば、遺伝子検査を受ける意味はあまりないのでは?」
と思うかもしれない。
しかし、「治療につながる割合が低い」という理由だけで、遺伝子検査の価値が低いと考えるのも適切ではない。
膵がんでは、一部の患者で遺伝子異常が見つかることによって治療選択が大きく変わる可能性がある。
したがって、膵がんにおける遺伝子検査の価値は、
「多くの患者に新しい薬を見つける検査」
というより、
「治療選択が大きく変わる可能性のある患者を見逃さないための検査」
と考える方が、現在の実態に近い。
一方で、遺伝子異常が見つかることと、それに合った治療を実際に受けられることは同じではない。
どの遺伝子検査を、どの時点で行い、その結果を実際の治療へどうつなげられるのか。
そこまで含めて担当医と相談することが、現在の膵がんゲノム医療を活用するうえで重要である。
参考文献
- Endo G, et al. Factors associated with actionable gene aberrations in pancreatic cancer based on the C-CAT database. J Gastroenterol. 2025;60:1026–1035.
- Saito Y, et al. Real-world clinical utility of comprehensive genomic profiling in advanced solid tumors. Nature Medicine. 2026.
- Pishvaian MJ, et al. Overall survival in patients with pancreatic cancer receiving matched therapies following molecular profiling: a retrospective analysis of the Know Your Tumor registry trial. Lancet Oncology. 2020;21:508–518.
- 国立がん研究センター がん情報サービス.膵臓がん 治療.2026年3月更新.
- 国立がん研究センター中央病院 肝胆膵内科.膵がんの治療について.
- PMDA.オラパリブ(リムパーザ)医薬品情報.2026年3月改訂.
この記事について
本記事は医学論文および公的機関の情報をもとに、膵がんにおける遺伝子検査とがんゲノム医療について一般向けに解説したものである。個々の患者に対して検査や特定の治療を推奨するものではない。検査を行う時期や方法、検査結果に基づく治療選択は、病状、治療歴、全身状態などによって異なるため、実際の判断については担当医と相談する必要がある。