がん基礎知識

血液1滴、99%の精度でがんを検出できる検査はホントに正確な検査なの?

先日からちょっと話題になってる下記技術。

東芝、血液1滴で13種のがん検出 数年で実用化めざす

朝日新聞 2019年11月25日

 

血液中に存在するマイクロRNAを測定することで13種類のがんを99%の精度で検出できるという。

しかも、必要な血液量は1滴かつ2時間以内に結果が判明するようで。

痛い採血をする必要もないし、短時間で結果は出るし、何より精度が高い、と良いことづくめ!

この検査を受ければ、ほぼ確実にがんを発見できる!すごい!

と思ったアナタにお送りする今回の記事。

確かに素晴らしい技術だが、おそらく皆さんがニュースの字面から想像している内容は実際とは大きなギャップがあるはず。

今回は、99%の精度の検査であれば確実にがんかどうかを見分けられるのか、について考える。

精度99%のがん検査とは?

そもそも精度は何を指す?

今回のニュース記事に出ていた精度99%という言葉。

“精度”は難しい単語で、その言葉を使っている人がどの意図で使っているかで意味がかなり違う。

病気を調べる検査を臨床検査と呼ぶが、臨床検査においては主に以下の4つの要素が精度という言葉で表現し得る。

  • がんの人を確実に見逃さない = 感度
  • 健常な人を確実に検査陰性とする = 特異度
  • 検査陽性の人の中で本当にがんの人の割合 = 陽性的中率
  • がんの人と健常な人を見分ける正確性 = 正診率

今回のニュース記事ではどれを念頭に精度、と表現しているのかはわからないので、ひとまずここではどれが99%なのか、という話は置いておく。

陽性的中率を左右する有病率

検査をする側としては感度や特異度は大事なわけだが、検査を受ける側の立場となると話は変わる。

直接的に関わってくるのは、検査で陽性と判定された人のうち本当にがんである人がどのくらいなのか(陽性的中率)、ということになるだろう。

感度と特異度は検査の性能を表すものであり、検査ごとに決まった値になるわけだが、陽性的中率は検査する対象の有病率に大きな影響を受ける。

有病率とは、実際に検査する対象にどのくらいの割合で病気(がん)の人が存在するか、を表すものであり、有病率に応じて陽性的中率は変わってしまう

 

精度99%の検査はどのくらい癌を見つけられるのか?(モデルケースから試算)

まぁ御託は良いから、ぶっちゃけどのくらい凄いのかもっとわかりやすく説明せい、と言う方のために実際にこの検査を実施した場合どのくらいがんを見つけるのか試算してみたい。

今回のニュース記事では上記の4つのどれを指して精度99%と表現しているのか不明なのであくまでも私の想像でしかないのだが、一応現実味のある条件を仮定してみた。

試算の条件

感度

下記の記事にて今回の検査についてがんを感度95%以上で検出できた、と研究代表者の先生がおっしゃっておられるので感度は95%に設定

style.nikkei.com

特異度

せっかくなので99%に設定。(感度95%, 特異度99%って凄い検査だが。)

有病率

現在健康な方が人間ドックで利用すると想定して、国立がん研究センターが公表しているがん統計のデータから算出。

gdb.ganjoho.jp

 

今回はモデルケースとして、50-54歳の男性における

  • 胃癌  106794人中83人→有病率 0.078%
  • 膵臓癌 106794人中13人→有病率 0.012%

を採用。

検査対象人数

計算しやすいように100000人が検査を受けると設定

 

胃癌と膵臓癌の検診にこの検査が適用された場合の試算結果

胃癌の場合

検査陽性 検査陰性 総数
胃癌 74 4 78
健常 999 98923 99922
総数 1073 98927 100000

100000人が検査を受けたとすると、

正しく診断する確率(正診率)= (74 + 98923) / 100000 =  99.0%

検査結果が陽性かつ本当にがんの人の割合(陽性的中率)=74 / 1073= 6.9%

がんの人と健康な人を正しく診断できているかを表す正診率は99%、すなわち検査としては非常に正確と言える。

ところがどっこい、陽性的中率を考えると、人間ドックでこの検査を実施した場合、陽性判定される人のうち本当にがんの人は6.9%だけしかいないということになる。

言い換えれば、この検査を受けて癌の可能性があるので精密検査を受けてください、と言われた人の約93%は胃癌ではないのだ。

いかがだろうか?

キツネにつままれたような話かもしれないが、“99%の精度でがんが見つけられる検査”ではあるものの、実際に検診として受けた場合、93%の人はハズレで、がんの人は約7%にしか過ぎないというのが実際のところなのだ。

このカラクリは有病率であり、人間ドックのような検査を受ける大多数の人が健康な場合(有病率が低い)、感度や特異度が高い検査であってもがんの人だけを陽性として拾い上げるのは困難となる。

精度99%と言われるとほぼ百発百中のような感じがするが、字面から受ける印象と実際の結果には乖離があるのでぜひ注意して欲しい。

 

膵臓癌の場合

検査陽性 検査陰性 総数
膵臓癌 11 1 12
健常 1000 98988 99988
総数 1011 98989 100000

胃癌がたまたま悪かっただけじゃないの?と言う方のために膵臓癌でも試算してみると、

正しく診断する確率(正診率)= (11+ 98988) / 100000 =  99.0%

検査結果が陽性かつ本当にがんの人の割合(陽性的中率)=11 / 1011= 1.1%

やはり検査としては正確であるが、検査で陽性とされた人のうち本当に膵臓癌の人は1.1%しかいないわけで、100人がこの検査で陽性とされた場合、99人はがんではない(健康)ということになる。

 

この検査を受ける意義

じゃあ、この検査はあまり意味がないのか?といえば、答えはNoだ。

検査陰性とされた人のうち、がんの人が含まれる確率は0.1%程度であり、がんを見落とす可能性は極めて低い。

すなわち、がん発見については有用な検査だと言える。

本当に今回試算したような性能を有するのであれば、効果的な検診手段の存在しない膵臓癌などを早期発見する上では特に有効である可能性があり、期待は大きい。

 

問題点は

とはいえ、この検査が”がん検診”として有効なのかどうかは別問題だ。

がん検診として有効か否かはがんによる死亡率を下げることが出来て初めて有効とされる。

また、ステージ0といった超早期のがんも見つけられると記事には書かれているが、種類によっては命に関わらないがんを見つけてしまう過剰診断の弊害も考えられる。

まだまだ研究段階のものであることは皆さんにご認識頂きたいところ。

実証実験で期待通りの結果が出るのかやお値段がどうなるのかなど今後も注視していきたい。

現状の詳細は来月の分子生物学会で発表されるらしいので今回の試算と違う点があればアップデートする予定だ。