Dr.Hiro's blog

胃がんの闘病記録から始まった、主にがんについてあれこれ綴っていくブログ。

ストレスが多いと乳がんが悪化するという記事の正しい読み方

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少し前に乳がん界隈の患者さんの間で話題になった下記記事。

 

www.asahi.com

 

ストレスは万病のもと、というイメージが出来上がっているわけで、若干ニュアンスが違う形で強調されて拡散していった結果、私のがんはやっぱりストレスが原因だったんだ!とざわつく様子をお見かけする機会が多かった。

 

メディアによる配信記事は若干誤解を招きねない内容となっており、それも患者さんたちの誤解につながった一因のような気もする。

 

今回はニュース記事の元になった論文の内容を紹介しつつ、患者さんがこの結果をどう解釈したら良いのかについてまとめていきたい。

 

 

紹介する論文

Genetic manipulation of autonomic nerve fiber innervation and activity and its effect on breast cancer progression.
Nat Neurosci. 2019 22(8):1289-1305.

 

目的 

怒りや不安、恐怖などのストレスは交感神経を活性化し、慢性的なストレスや交感神経の活性化はがんの進展との関連が示唆されているが詳細は不明だった。

 

そこで、交感神経の活性化が乳癌の進展に影響するのかについて実験的に解析した。

 

要点

  • 実験的に交感神経を活性化することでアドレナリン受容体の刺激を介して乳癌か大きくなったり転移することに寄与し得ることを証明した

 

  • 乳癌細胞を移植した免疫不全マウスに拘束ストレスを与えると乳癌が大きくなるが、交感神経の排除でそれが抑制された

 

  • 再発乳癌の患者さんから切除した組織では交感神経の密度が高く、初発の患者さんでは密度が低かった

 

他にも免疫チェックポイント分子の発現に交感神経が影響することや副交感神経の活性化が癌の増大を抑制し得る事等あったが、ひとまず割愛。

 

ストレスが乳癌の原因?

注意すべきこと

今回の研究では、

  • ヒト乳がん細胞を移植して腫瘍(がん細胞の塊)を作らせたマウスに身体拘束ストレスを与えることで癌が大きくなったり転移が生じること

 

  • 交感神経を排除すると癌が大きくなるのが止まったこと

 

を確認している。

 

まず重要な点として、この研究ではマウスに移植した癌がある程度の大きさになってからストレスをかけており、ここで評価していることは既に出来上がっている癌が大きくなる上でストレスが影響するか否か、である。

 

より正確に言えば、ストレスによる交感神経の活性化が腫瘍が大きくなることに関係するかを調べている。

 

ストレスが乳がんの原因か否かを評価しているわけではないことをご留意頂きたい。

 

どう解釈すべきか

この実験から得られた結果は、マウスにおいてストレスが交感神経の活性化を通して乳がんが大きくなることを促進し得る、ということである。

 

しかし、この結果はがんと戦うリンパ球を持たない免疫不全マウスの体内での話であり、そのままヒトにも同じ事が当てはまるかは別問題だ。

 

今回の研究から言えることは、あくまでも交感神経の活性化はがんが大きくなることに"理論上"影響し得るということのみである。

 

実のところ、この論文でマウスにストレスを与えてがんへの影響を見ているのはこの実験だけで、残りの実験ではストレスの検討はしていなかったりする。

 

ニュース記事のタイトルは、"ストレス多いと乳がん悪化"としているが、この論文ではストレスの大小など直接的な影響については調べておらず、少々狙いすぎなタイトル感がある。

 

交感神経の活性化は癌の悪化を促進するのか?

研究の結果から言えること

ストレス以外の方法ではあるものの、本論文では実験的に交感神経を活性化させるとマウスに移植した乳がんが大きくなることを確認している。

 

この結果からも交感神経の活性化が理論上がんの悪化を促進し得ると言える。

 

しかし、ここで気をつけなければならないのは、今回の研究は非常に特殊な状況下で得られた結果であり、本当に患者さんの体内で同じ現象が起こっているのか、どの程度の影響があるのかはやはりわからない点だ。

 

具体的に言えば、この研究では遺伝子を改変し強烈に交感神経を活性化させ続けたマウスで乳がんの増大や転移を確認している。

 

この状況を人間に置き換えれば、24時間毎日交感神経が活性化し続ける=高強度のストレスを受け続けているという状況に相当するだろうか。

 

一般的な人の生活でそのような状況は考えにくく、ヒトを想定したものではない如何に実験的な状況であるかがご理解頂けるかと思う。

 

普通の人が日常生活で受けるストレスによる交感神経の活性化ががんの悪化を促進するほどのレベルなのかは現段階では何とも言えない。

 

ストレス以外で交感神経が活性化する場面は?

ストレスとは程度が異なるとはいえ、中等度以上の強度の運動は交換神経の活性化を促し得る。

 

乳がんは運動習慣がリスクを下げるがんの代表例であり、特に閉経後の女性については運動が乳がん発症リスクを下げることはほぼ確実と日本の乳がん診療ガイドラインでも明記されている。

 

アメリカでも運動ガイドラインが先ごろアップデートされたばかりであり、中等度以上の定期的な運動が推奨されている。

 

www.survive-gastriccancer.com

 

この辺を考慮すると、論文の結果からは確かに交感神経神経の活性化は理論上がんの増大や転移に関係し得るが、人体ではそう簡単な話ではないことがご理解いただけると思う。

 

実際のところ交感神経と乳がん患者さんとの関係は? 

この論文で唯一ヒトを対象としたデータは、患者さんから切除した乳がん組織における交感神経密度の解析だ。

 

再発乳がん患者さんの検体では初発乳がんの患者さんに比べて統計学的に有意に交感神経密度が高かった。

 

この結果からは、交感神経密度が高いと再発するリスクが高まるという可能性が考えられるが、今回は再発10人、初発19人という非常に数が少ない対象での評価であり、本当に意味があるのかは正直なんとも言えない。

 

ニュース記事だと

国立がん研究センターで手術を受けた乳がん患者29人のがん組織を調べたところ、がん組織内の交感神経の密度が高い人は再発しやすかった。

ストレス多いと乳がん悪化 増殖や転移、マウスで解明:朝日新聞デジタル

 

と書いてるが、現時点では再発した患者さんの検体で交感神経密度が高かっただけであり、たまたまかもしれないし、再発しやすいのか否かはきちんとした研究で評価しなければわからないので表現として適切ではない。

 

現時点でわかっているストレスと乳がんリスクの関係 

最後に、現在までにわかっているストレスと乳がん発症リスクについてご紹介すると、ストレスを経験していた女性は乳がん発症リスクが2倍高くなったという疫学研究結果も一部あるが、否定的な結果の研究も多い。

 

ストレスの概念が個人により異なるため評価が難しく、実際のヒトを対象とした研究ではストレスがリスクを高めるのかについては結論が出ていない、というのが実情と言える。

 

この辺りは、患者さん向けの乳がんガイドラインがわかりやすいと思うので気になる方は一読を。


jbcs.gr.jp

 

まとめ

理論上、交感神経の活性化が乳がんが大きくなったり転移したりすることに関与し得ることが証明されたが、あくまでも動物を使った研究であり、それが実際に人間でも生じているのか、どの程度関係しているのかは不明。

 

ヒトとマウスに大きな隔たりがあることはご想像に難くないと思う。

 

患者さんにおいては、現時点では報道内容を丸々受け止めず、そういうこともあるかもね、程度にご理解されると吉だと個人的には申し上げる次第である。